祝「桐山堂 漢詩を創ろう」サイト開設10周年記念行事に出席 中京へ

SH010091.jpg

いよいよ松山空港を発つ

私が趣味で漢詩の創作をしているのはご案内のとおりです。8年ほど前からになります。そしてその一年後、標記の漢詩サイトに偶然出会い(2002年2月初投稿「古城春望」)、以来定期的に投稿を続け、全国の漢詩愛好家とサイト上での交流を図ってきました。その主宰者が鈴木淳次先生で、現在愛知県立刈谷東高校で国語の教師をされています。先生とは3年前に本県で漢詩の全国大会があったときに初対面を果たし、その節今回のオフ会開催をご提案申し上げ、ようやく機が熟した本年、10周年のご慶事にあわせて愛知県で開催の運びとなり、私も喜んで馳せ参じた次第ですairplane

1月31日(土)8:37発の伊予鉄のリムジンバスで松山空港に9:00着。9:30発ANA1822便で中部国際空港に10:30に到着しました。座席は16Dでしたが、周囲にお子様連れがいらして、にぎやかでした。開港以来初のセントレア空港は、だだっ広く人もまばらでなんとも贅沢な空間が広がっていました。少しお昼には早かったのですが、朝ごはんを松山空港の名物じゃこ天2枚と新発売のジャコカツ1枚で済ませたので、空港内の飛騨高山ラーメンを戴くことにnoodle。700円でしたが西日本の私にはお味が少し辛く感じられました。松山は小雨模様でしたがこちらは天気予報に反してお天気でしたsun。風が強かったですけどね。これも鈴木主宰のお人柄によるものなのでしょうsmile

DSC00861.jpg

基調講演をする鈴木淳次主宰

空港直結の名鉄電車で金山まで790円でした。途中金山でJRに乗り換え刈谷駅で下車しました。時間があったので徒歩で会場である刈谷市立中央図書館に向いました。12:40頃着いたと思います。ここでは刈谷東高校通信制で「漢詩創作講座」を選択履修されている学生さんの第1回作品発表会及び記念講演会が開催されるのです。刈谷市は家康の母・於大の方(水野家)所縁の地であり、その後再婚された久松家ともご縁のある城下町です。初探訪でしたが久松松平宗家を継承した伊予松山藩を歴史に戴く私としても感慨深いものがありましたheart01

DSC00862.jpg

記念講演講師 石川忠久先生(全日本漢詩連盟会長)

13:00になり開会しました。同校副校長の開会挨拶のあと、担当教諭の鈴木先生からPCを駆使してわかりやすく漢詩の基礎的講義が行われました。日頃なじみの薄い一般市民への配慮と、私たち愛好家にとっても初学に立ち戻ってのよき頭の整理になりました。先生がお好きなビートルズの名曲「イエスタデイ」が会場を心地よく流れます。全くこれまで気にしていなかったのですが、これとてaiやiなどの語尾に同様な単語を連ねているからこそ、国境を越えて言語は違っても聞く者の心を打つとのご指摘がありました。いわば漢詩で言う押韻です。同様の韻を踏むことによる詩的効果は万国共通なのがよくわかりましたpc

DSC00866.jpg

白板を使って解かり易く漢詩の奥義を説く石川会長

そして初歩の学習課程として「七言句作り」を授業実践されたとの報告がありました。適当な詩語を渡しその中から二字二字三字の合計七言の一句作りをされたというのです。さまざまな受講生の作品が並びます。

さて「春風庭前鮮百花」と「寒村野辺鮮百花」と皆さんはどちらをお好みになるでしょうか?漢詩がただ単に詩語あわせではなく(もちろん平仄の合致は前提として)詩的感性を磨き詩情を育むものであるとするならば、やはり読む者をして余情を残させるのは後者の作品でしょうscissors

最近「限界集落」の問題がクローズアップされてきましたが、地方の道県そのなかで鄙と称される集落には数戸しか地域コミュニティがないという自治会も数多存在するのです。さらにそれら全てが高齢世帯であり独居老人であります。耕作放棄の田畑がそこかしこに広がっています。そんな文字通りの寒村を作者が探訪した。もしかしたら何十年ぶりにか帰郷した作者自身の故郷だったのかもわかりません。同級生は去り、先祖の墓石は苔むし、往時のメイン商店街はシャッター通りに変貌した風景が作者の目に次々と入ってくる。いつしか作者の双眸には涙を湛えています。しかし目を転じると、そこには昔日と変わらぬ鮮やかな野辺の花々が咲き誇っていた―とするこの好対照の光景こそが詩情を掻きたて読者になんともいえぬ感動を与えるのだと思います。

SH010099.JPG

このようにイメージを詩的に膨らませていくと、起承転結の七言絶句が早くもできてきそうですねup。講義後段「漢詩をやっていて得をすること、ためになること」について、わかりやすいお話もありました。

○季節の変化に敏感になる。だからこそ日々を大切に生きなければいけないと自戒できます。

○先賢古哲・国の内外を問わず名詩を理解し、当時の作者と心を共に震わせることができる。

○複雑難解な作詩過程を踏めば踏むほど脳の活性化になる(ボケない)のだそうです。

同感です。瞬時に流れ去る日々の出来事や感動を適切な詩語に置き換え、日本はもちろん漢字文化圏の地球人たちが切磋琢磨し合うことはすばらしいことですnote。梅の名所松山城堀の内公園の梅もひらき始めました。ただ単に「きれいだな」と感じて終わるのでは普通の人。その光景に詩情を寄せ一詩を賦してみようとするのが詩人でありましょう。日々いやおうなく同僚との競争を強いられ、成果主義で上司・同僚・部下の人事査定を強いられる弱肉強食・名利を追及することを是とする俗界から、私たちは逃れられません。だからこそ寸暇を惜しんで意識的に俗界から離れ、作詩活動を通して一人書斎で、あるいは雅友と吟行して心の浄化を図っていきたいものだと思っています。これが私が漢詩を続ける妙味なのですsign01

DSC00874.JPG

徳川美術館

いささか持論に熱が入ってしまいましたね。脱線してすみませんcoldsweats01。ひきつづき雅筵の報告をいたします。このあと16人の受講生一人一人が演台に立ち、自作詩を朗読、感想を述べられました。いずれも甲乙つけがたい玉作ぞろい。一年弱でこんな作品を賦し得るとは‥鈴木先生のご指導の賜物でしょう。基礎的な漢詩技巧の習得もさることながら「詩人」の卵たちを育成されたことに敬意を表します。きっと受講生それぞれが漢詩を通じてそれ以前よりずっと心が豊かになったことを実感しているはずですeye

無趣味で子育てに追われ、気が付けば老境の域に達したご婦人が、ふとしたきっかけで60の手習い、この講座で勉強され勇気を振り絞ってステージで発表される姿、また子育ての合間を見て漢詩創作にうちこむ若きお母さん、「世塵を忘る」、一時の贅沢な時間をもつからこそまた日々の主婦業に戻って勤しめるのでしょう。そんな彼女たちに私は心からなる拍手を送りました。カッコいいですよshine。こんな生き方すばらしいじゃないですか!皆さんsign03

SH010095.jpg

中部国際空港内の飛騨高山ラーメン

このあと全日本漢詩連盟会長の石川忠久先生(前二松学舎大学長)から「漢詩の楽しみ」と題する記念講演をいただきました。(14:30から16:00)中国を代表する李白・杜甫・杜牧、我が国からは石川丈山・菅茶山・広瀬淡窓の名詩を順次解説されていかれましたpencil

石川氏の「富士山」は着想やアイディアがすばらしい。菅氏の「冬夜読書」は起承で書斎の外の景を、転結で書斎の中の景を対比して詠みこみ、雪模様の中の苦学の様を、風鈴を出して風の無き様を事前に伏線化することにより、結句で「一穂青燈万古心」との呼応を見事に図っている。風がないから燭台の灯が稲穂のようにまっすぐに燃えているのであると。そしその燈火のもとで勉強する様を見事に表していると解説されました。

広瀬氏の「桂林荘雑詠」は先の菅氏の作品を広瀬氏が大いに意識して創ったと石川会長は喝破されました。「菅さんが冬の夜なら、俺は冬の朝で作詩してやるぞ。あちらが独座しての勉強ならこちらは同朋と共同生活での学びの楽しみを詠み込んで見せるぞ」というように、大変興味深い作詩背景をご講義いただきました。石川先生のお話は今回で二度目ですが、いつ聞いてもお話が上手で、穏やかな笑みを湛えられ温厚篤実なお人柄が大好きですlovely

SH010098.jpg

名古屋の老舗うなぎや「なまずや」

目の黒いうちに全国漢詩連盟の各都道府県連の組織作りをぜひ成し遂げたいと吐露されましたが、会員としてご期待に沿いたいものです。ちなみにわが愛媛県連は全国に先駆けて伊藤竹外会長の下、組織を立ち上げ、四国隣県にも呼びかけそれぞれの県連結成を促し、いまや年に一度輪番で四国漢詩大会を毎年夏に開催するほどになっています。

 

大会は予定時間を少しオーバーして盛会裏に終了し、いよいよ場所を名古屋市に移してサイト開設10周年を祝う懇親会が名鉄グランドホテル18階にある中華料理店で行われました。私は一旦宿泊先であるヒルトン名古屋にタクシーで向かい、和装に威儀を正してから会場入りしたので来客者では最後の入場となりました。やはりご年配の方が多かったですが、私のテーブルでは同世代の方々もおられ、東京の湘風さんらと大いに歓談できました。宴もたけなわ21:00頃お開きとなり、東京の風雷山人さんと鈴木主宰と私の3人は一次会終了後、隣のスカイラウンジで二次会も催し、さらに誼を通じ合いました。興が乗ると李白ではないのですが「一杯一杯復一杯」となってしまいます〔笑〕。それとまだ発車まで時間のある風雷山人さんを一人ほったらかしにするのが忍びなかったからです。これは愛媛県人のおもてなしの心です。ややあって風雷山人さんを新幹線へと見送り、さらにその後11時すぎまで鈴木先生と今後のサイト運営や奎運の挽回策について意見交換をいたしました。有意義なひと時でした。最終電車まで熱心にお付き合いくださいました。先生お疲れ様でした。ありがとうbeer

SH010097.jpg

名物ひつまぶし

翌日、いささか二日酔い気味の中、名古屋駅新幹線口で有志の皆さんと落ち合うはずが、時計台の下というポイントを勘違いして15分程度右往左往しましたが、ようやく老伸さんの携帯につながり合流するというハプニングもありました。一路寒牡丹咲く徳川園徳川美術館を鑑賞して、お昼はうなぎ日本料理の「なまずや」でご当地名物「ひつまぶし」をいただきました。大変美味でした。

会食(12:30から14:30)を通して2時間余り漢詩談義に花が咲き楽しいひと時をすごしました。皆さん漢詩の知識はもとより歴史の造詣もかなり深く、私は若輩ですので、本席では努めて聞き役に徹しました。真瑞庵さん、老伸さんには当日のご案内役大変お世話になりました。この場を借りてお礼申し上げますrvcar。帰路の車の中、私からぜひオフ会の毎年開催を提案しましたら、満場一致で採択されましたので鈴木主宰にはよろしくお取り計らいのほどをお願いします。

IMG_0119.jpg

昼食会場での歓談風景(明鳳さん提供)

やはり双方向のサイト運営には、直接会っての交流は欠かせません。「多交流」の勧めです。漢詩家はともすると「孤高の境地」に固執して井の中の蛙になりかねない特性があります。李白や杜甫のレベルならいざ知らず、我々の草莽の漢詩家レベルでは大いに人と交わり、謙虚に己の漢詩道を見つめ直す機会が年に一度は必要と考えます。せっかく知己の仲になり、全国に門下生が蟠踞するのでありますから、各都道府県持ち回りでの開催もゆくゆく視野に入れるべきでしょうnotes

本サイトの益々のご隆盛をご祈念申し上げますupwardright

IMG_0117.jpg

徳川園散策途中で喫茶に立ち寄る(明鳳さん提供)

当日は名古屋から名鉄特急(3号車6D)でセントレア空港(所要時間30分)に向かい、16:55発ANA1827便で松山に18:05無事に帰郷いたしました。

 

(追伸)祝賀会場では、お祝いのメッセの全文披露は時間の都合上できなかったので、拙サイトの当ブログコーナーに再掲して、改めて鈴木先生へ祝意を表させていただきます。

 

サイト「漢詩を創ろう」桐山堂開設10周年祝辞

 

 

IMG_0110.jpg

祝賀会場での記念撮影(明鳳さん提供)

ご参会の皆さん、はじめまして。

サイトでは、サーラリーマン金太郎のハンドルネームで投稿させていただいております、饒昇と申します。

 

徳川御三家筆頭のご当地尾州家また昼間開催されました刈谷市とも、共に徳川ご一門の藩侯を歴史に戴く、四国松山から参りました。


鈴木先生とは3年前に、本県漢詩連盟などが主催して全国漢詩大会を開催いたしましたときに、御来県を賜りまして以来の再会になります。


IMG_0107.jpg

歓談風景(明鳳さん提供)

思えばその節、今回のオフ会のご提案を申し上げ、いずれサイト開設10周年の年に、ぜひ名古屋で開催したいとのご意向を示され、本日、全国漢詩連盟石川会長のご臨席を賜り、またこうして新年早々、全国各地から桐山(とうさん)門下の雅友が一堂に会することがかないましたこと、何よりのことと、ご同慶に耐えません。と同時にサイト開設10周年を心からお喜び申し上げる次第でございます。

 


DSC00869.jpg

石川会長、鈴木主宰と記念撮影

私は漢詩歴8年になります。月例で六六庵吟社道場に通い、石川先生と共に全国組織を立ち上げられた伊藤竹外愛媛県漢詩連盟会長に直接ご指導を戴いております。雅号は「饒昇(じょうしょう)」と申しまして、これはかつて吟剣詩舞道家として精進しておりました時に、神戸に本部を構えます敬天社早渕流の早渕鯉操宗家より拝名したものでございます。

 

 

DSC00871.jpg

風雷山人さんとも仲良くなりました

世に漢詩上達の方法として
・多読
・多作
・そうして「推し量る」という意味の「多商」、ここまでを「3多」と巷間よくいわれますが、伊藤先生は「日本で誰も言ってないこと」と前置きされて、これに
「多添削」を加えられます。要は多く添削を受けないと独りよがりの詩になってしまうということです。「孤高の境地では上達しない」ともご指導くださいます。

 


DSC00868.jpg

かと申して全国的には漢詩連盟の各都道府県連結成状況から見てもわかりますとおり、地域で、かなりの温度差があり、思うように良き指導者に恵まれていないのが現実であります。このような状況下、直接の指導者に恵まれなくとも、全国どこに居てもパソコン環境さえあれば、気軽に作品を投稿でき、寸暇を惜しんで年間300詩に及ぶ作品に、ご批評を添えていただける「桐山堂」というサイトが、10年前、全国に先駆けて開設され、以来36万人の来訪者を得たということは、私ども漢詩愛好家にとって大変心強く、またありがたいことだと思います。

 

につけましても、朝夕本業の公務を裂いてご指導いただいております鈴木先生には深甚の敬意を表する次第でございます。

 


DSC00873.jpg

二次会会場にて。話に花が咲いて楽しかった‥

さらに蛇足ながら不肖私がもう一つ付け加えさせていただくならば「多交流」だと思います。
 ひとり井の中の蛙では駄目で、伊藤先生は「孤掌(コショウ)鳴りがたし」とも、おっしゃいます。


例会に始まり、市連県連、全国組織の大会やこうした私的なオフ会を通じて、人的交流を図り切磋琢磨することもまた肝要であろうと思います。


 これを契機としてやはり年に一回は、この名古屋の地で、あるいは門下生各県持ち回りで年次総会が開催できるならば、全国各地の名所旧跡への吟行もかねて、さらに連帯を密にできますし、加えて参会者の漢詩集まで発行できたら最高のことだと思いますが、皆様いかがでしょうか。


SH010092.jpg

無事に帰郷しました。皆さんありがとう。

 おわりに今後益々の本会のご隆盛と、全国の桐山門下のご精進を心からご祈念申し上げまして、ご挨拶に代えさせていただきます。

 

本日は誠におめでとうございました。ありがとうございました。


平成21131日(土)18:00から21:00 名古屋市 

名古屋駅前 名鉄グランドホテル18階
        中国料理 『涵梅舫(かんめいほう)』

 

2013年12月

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

ウェブページ

Powered by Movable Type 4.21-ja